Kubernetesで安全なデータアクセスを実現する:Pod権限、RBAC、Secret管理の実践
はじめに
コンテナオーケストレーションのデファクトスタンダードとなったKubernetes上でアプリケーションを稼働させる際、アプリケーションが様々なデータソース(データベース、ファイルストレージ、キャッシュなど)へ安全にアクセスできることは非常に重要です。不適切な権限設定は、データの漏洩や改ざんといった重大なセキュリティインシデントにつながる可能性があります。
Kubernetes環境におけるデータアクセス権限管理は、単に認証情報をアプリケーションに渡すだけでなく、Pod自体の権限、Kubernetes APIへのアクセス権限、そして外部リソースへのアクセス権限など、複数の要素が複雑に絡み合います。
この記事では、Kubernetesでアプリケーションが安全にデータにアクセスするために、開発者が知っておくべき主要な権限管理の仕組みと、それぞれの実践方法について解説します。
Kubernetesにおけるデータアクセス権限の考え方
Kubernetes環境でのデータアクセス権限を考えるとき、主に以下の3つの視点があります。
- アプリケーション(Pod)の視点: Pod内で実行されるコンテナが、Kubernetesクラスター内部のリソース(他のPod、Serviceなど)や、クラスター外部のデータソース(データベース、オブジェクトストレージなど)にアクセスするための権限です。これは主にPodに割り当てられるServiceAccountと、それに関連付けられる権限によって管理されます。
- Kubernetes APIの視点(RBAC): PodやユーザーがKubernetes APIサーバーを通じてクラスターリソース(Pod、Service、Deployment、Secretなど)に対して操作(取得、作成、更新、削除など)を行うための権限です。これはKubernetesのRole-Based Access Control (RBAC) によって管理されます。データアクセス権限の文脈では、特にSecretやConfigMapへのアクセス制御が重要になります。
- 外部リソースへのアクセス視点: PodがKubernetesクラスターの外部に存在するデータストア(例えば、クラウドプロバイダーのデータベースサービスやストレージサービス)にアクセスするための認証・認可です。これには、Podが外部リソースに自身を認証するための認証情報(APIキー、トークンなど)の管理や、クラウドプロバイダーのIAMロールなどの仕組みとの連携が含まれます。
これらの要素を組み合わせて、アプリケーションが必要とする最小限の権限を設計・実装することが、セキュリティ上非常に重要です。
PodのServiceAccount
Kubernetesにおいて、Podが自身を認証し、Kubernetes APIにアクセスする際のIDとなるのがServiceAccountです。データアクセス権限を管理する上で、ServiceAccountは重要な役割を果たします。
ServiceAccountとは何か
Pod内で実行されるプロセスは、特定のServiceAccountの権限でKubernetes APIと対話します。例えば、Service DiscoveryのためにServiceエンドポイントを取得したり、ConfigMapやSecretを読み込んだりする場合などです。
Podが明示的にServiceAccountを指定しない場合、そのNamespaceのdefault
ServiceAccountが自動的に割り当てられます。しかし、セキュリティの観点からは、各アプリケーション(Deploymentなど)に専用のServiceAccountを割り当て、必要な権限のみを与えることが推奨されます。
カスタムServiceAccountの作成とPodへの割り当て
特定のアプリケーションに専用のServiceAccountを作成するには、以下のようなYAML定義を使用します。
apiVersion: v1
kind: ServiceAccount
metadata:
name: my-app-service-account
namespace: default # またはアプリケーションのNamespace
このServiceAccountをPod(DeploymentやStatefulSetなど)に割り当てるには、Podテンプレートのspec.serviceAccountName
フィールドにServiceAccount名を指定します。
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
metadata:
name: my-app
spec:
replicas: 1
selector:
matchLabels:
app: my-app
template:
metadata:
labels:
app: my-app
spec:
serviceAccountName: my-app-service-account # 作成したServiceAccountを指定
containers:
- name: app-container
image: my-app-image
# ... 他の設定 ...
これにより、このPod内のコンテナはmy-app-service-account
としてKubernetes APIに認証されるようになります。
ServiceAccountとPodの認証情報
PodにServiceAccountが割り当てられると、Kubernetesは自動的にそのServiceAccountに対応するシークレット(Typeがkubernetes.io/service-account-token
)を作成し、Pod内の各コンテナの/var/run/secrets/kubernetes.io/serviceaccount
ディレクトリに自動的にマウントします。このディレクトリには、APIサーバーの証明書、Namespace、そしてServiceAccountのトークンが含まれており、Pod内のアプリケーションはこのトークンを使用してKubernetes APIにアクセスできます。
このトークンはKubernetes APIへの認証に使用されますが、データストアへの認証とは直接関係ありません(ただし、後述するIRSAのように、このトークンが外部サービス認証に利用されるケースはあります)。
Kubernetes RBACとデータアクセス
Kubernetes RBACは、誰(User, Group, ServiceAccount)がどのリソース(Pod, Deployment, Secretなど)に対してどのような操作(get, list, create, deleteなど)を許可されるかを定義する仕組みです。データアクセス権限の文脈では、特にConfigMapやSecretといった認証情報や設定データを含むリソースへのアクセスを制御するためにRBACが利用されます。
RBACの基本要素
- Role / ClusterRole: 許可する操作の集合を定義します。Roleは特定のNamespace内、ClusterRoleはクラスター全体のリソースに対する権限を定義します。
- RoleBinding / ClusterRoleBinding: 定義したRoleまたはClusterRoleを、特定の主体(User, Group, ServiceAccount)に紐付けます。RoleBindingは特定のNamespace内、ClusterRoleBindingはクラスター全体で有効です。
ServiceAccountとRBACの連携
Podに割り当てられたServiceAccountに対してRoleBindingまたはClusterRoleBindingを設定することで、そのServiceAccount(すなわちPod内のアプリケーション)がKubernetes API経由でアクセスできるリソースとその操作を制御できます。
例えば、my-app-service-account
を持つPodが、同じNamespace内のmy-database-credentials
というSecretを読み取る権限のみを必要とする場合、以下のようなRoleとRoleBindingを定義します。
apiVersion: rbac.authorization.k8s.io/v1
kind: Role
metadata:
name: secret-reader-role
namespace: default # Secretと同じNamespace
rules:
- apiGroups: [""] # Core API Group
resources: ["secrets"]
resourceNames: ["my-database-credentials"] # アクセスを許可するSecret名を指定
verbs: ["get", "list"] # 許可する操作 (読み取り)
apiVersion: rbac.authorization.k8s.io/v1
kind: RoleBinding
metadata:
name: my-app-secret-reader
namespace: default # Roleと同じNamespace
subjects:
- kind: ServiceAccount
name: my-app-service-account # 権限を付与するServiceAccount
namespace: default # ServiceAccountのNamespace
roleRef:
kind: Role
name: secret-reader-role # 紐付けるRole
apiGroup: rbac.authorization.k8s.io
この設定により、my-app-service-account
を持つPodは、default
Namespace内のmy-database-credentials
という名前のSecretのみをget
またはlist
できるようになります。他のSecretや、他のNamespaceのSecretにはアクセスできません。このように、RBACを活用することで、PodのKubernetes APIへのアクセス権限を最小限に絞ることができます。
Secretの安全な管理
データベースの接続情報、APIキー、TLS証明書などの機密データは、KubernetesではSecretとして管理されます。これらのSecretが適切に保護されていないと、認証情報が漏洩し、データへの不正アクセスを招く可能性があります。
Secretとは何か、なぜ重要か
Secretは、パスワード、トークン、キーといった少量の機密データを保存するためのKubernetesオブジェクトです。ConfigMapと似ていますが、Secretは機密データを扱うため、ConfigMapとは異なるセキュリティ上の考慮が必要です。デフォルトではetcdにBase64エンコードされて保存されますが、これは暗号化ではないため、etcdへのアクセス権を持つユーザーは容易にデコードできてしまいます。
Secretの作成とPodへのマウント/参照
SecretはkubectlコマンドやYAMLファイルで作成できます。
kubectl create secret generic my-database-credentials \
--from-literal=username=dbuser \
--from-literal=password='mypassword'
PodでSecretを利用するには、ボリュームとしてマウントする方法と、環境変数として参照する方法があります。
ボリュームマウント例:
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
# ... 省略 ...
spec:
template:
# ... 省略 ...
spec:
serviceAccountName: my-app-service-account
containers:
- name: app-container
image: my-app-image
volumeMounts:
- name: db-credentials
mountPath: "/etc/db-secrets"
readOnly: true # 読み取り専用でマウント
volumes:
- name: db-credentials
secret:
secretName: my-database-credentials
この設定では、Secretの内容がPod内の/etc/db-secrets
ディレクトリにファイルとしてマウントされます。各データキー(username
, password
)がファイル名となり、ファイル内容がその値となります。
環境変数参照例:
apiVersion: apps/v1
kind: Deployment
# ... 省略 ...
spec:
template:
# ... 省略 ...
spec:
serviceAccountName: my-app-service-account
containers:
- name: app-container
image: my-app-image
env:
- name: DB_USERNAME
valueFrom:
secretKeyRef:
name: my-database-credentials
key: username
- name: DB_PASSWORD
valueFrom:
secretKeyRef:
name: my-database-credentials
key: password
環境変数として参照する場合、Secret全体ではなく特定のキーの値のみを参照できます。
より安全なSecret管理方法
デフォルトのSecret管理には限界があります。より安全にSecretを管理するためには、以下の方法が検討されます。
- etcd暗号化: Kubernetesクラスターレベルでetcd内のSecretを暗号化する設定を行います。
- 外部Secretストア連携: HashiCorp Vault、AWS Secrets Manager、Azure Key Vault、Google Secret Managerなどの外部のSecret管理システムと連携し、Secret自体は外部で管理し、Kubernetesからは参照のみ行うようにします。Kubernetes External Secretsなどのオペレーターを利用するのが一般的です。
これらの方法はクラスター構成や運用に関わる部分が大きいため、システム管理者やSREチームとの連携が必要になりますが、開発者としてもその存在を理解しておくことが重要です。
外部データストアへの安全なアクセス
Kubernetes上のアプリケーションが、Kubernetesクラスターの外部にあるデータベース(RDS, Cloud SQLなど)やストレージ(S3, Cloud Storageなど)にアクセスする場合、その外部リソースに対する認証・認可をどのように行うかが課題となります。認証情報をSecretとしてKubernetes内に保持する方法はシンプルですが、Secret管理の負担や漏洩リスクが伴います。
よりセキュアな方法として、クラウドプロバイダーが提供するID連携メカニズムを利用することが推奨されます。
クラウドプロバイダーごとの推奨方法(例: AWS IAM Role for Service Account (IRSA))
AWS環境を例にとると、「IAM Roles for Service Accounts (IRSA)」という機能を利用することで、KubernetesのServiceAccountとAWS IAMロールを関連付けることができます。これにより、PodはAWS認証情報(アクセスキーやシークレットキー)をSecretとして保持することなく、割り当てられたServiceAccountを通じて、そのServiceAccountに関連付けられたIAMロールの権限でAWSリソースにアクセスできるようになります。
概念としては、PodがServiceAccountトークンをWeb Identity Federationと連携させ、一時的なAWS認証情報を取得するという流れになります。
設定の概要:
1. IAM OIDCプロバイダーをEKSクラスターに関連付けます。
2. Podが必要とする権限を持つIAMロールを作成し、その信頼ポリシーで特定のServiceAccountからのAssumeRoleを許可します。
3. Kubernetes ServiceAccountに特定のAWS IAMロール ARNを示すアノテーション(eks.amazonaws.com/role-arn: arn:aws:iam::111122223333:role/my-app-iam-role
)を付与します。
4. PodテンプレートでそのServiceAccountを指定します。
これにより、Pod内のアプリケーションはAWS SDKなどを使用して、追加の設定なしに自動的にIAMロールの権限でAWSリソースにアクセスできます。これはSecret管理の負担を大きく減らし、認証情報の漏洩リスクを低減する非常に有効な方法です。
他のクラウドプロバイダー(GCPのWorkload Identity、AzureのPod Identityなど)にも類似の仕組みがあります。利用するクラウド環境のドキュメントを参照し、推奨される認証・認可方法を採用することが重要です。
実践的な考慮事項とベストプラクティス
Kubernetesでのデータアクセス権限管理を実践する上で、以下の考慮事項とベストプラクティスが役立ちます。
- 最小権限の原則の適用: アプリケーションが必要とする最小限の権限のみをServiceAccountやRBAC設定で与えます。広すぎる権限はセキュリティリスクを高めます。
- ServiceAccountの分離: 可能な限り、アプリケーションごとに専用のServiceAccountを作成し、権限を分離します。
- RBACの適切なスコープ: RoleBinding/ClusterRoleBindingのスコープ(Namespace単位かクラスター全体か)を慎重に選びます。クラスター全体の権限(ClusterRoleBinding)は強力すぎる場合があるため、必要最小限に留めます。
- SecretへのRBAC: アプリケーションが必要とするSecretにのみ、RBACで参照権限を付与します。全てのServiceAccountに全てのSecretへのアクセスを許可すべきではありません。
- 認証情報のローテーション: データベースパスワードやAPIキーなどの認証情報は定期的にローテーションする仕組みを導入します。Secretや外部Secretストアで管理されていれば、比較的容易にローテーションが可能です。
- 監査とロギング: Kubernetesの監査ログや、アプリケーションがアクセスするデータストアのアクセスログを有効化し、不審なアクセスがないか監視します。
- 権限設定のテスト: 権限設定が意図した通りになっているか(必要最小限の権限のみが許可されているか)を、開発中やデプロイ時にテストする仕組みを検討します。
まとめ
Kubernetes環境におけるデータアクセス権限管理は、PodのServiceAccount、Kubernetes RBAC、そしてSecret管理という3つの主要な要素を中心に構築されます。これらを適切に組み合わせることで、アプリケーションが必要とするデータに安全にアクセスさせつつ、不必要な権限を排除し、セキュリティリスクを低減できます。
特に、アプリケーションごとに専用のServiceAccountを割り当て、RBACを用いてそのServiceAccountが必要最小限のSecretやKubernetes APIリソースにのみアクセスできるよう制御すること、そしてクラウドプロバイダーのID連携機能を活用して外部データストアへの認証情報を安全に管理することが、現代のクラウドネイティブな環境における重要なプラクティスです。
この記事で解説した概念と実践方法が、皆様のKubernetesアプリケーションにおけるよりセキュアなデータアクセス権限設計の一助となれば幸いです。 ```